出産年齢の高年齢化が進み、お母さんの年齢とともにリスクが上がる先天性疾患(生まれつきの病気)と、それを生まれる前に知る検査(出生前診断)について関心が高まっています。
今回の記事では、その中でも、2013年から日本でも実施できるようになったNIPT(non-invasive prenatal genetic testing)を中心に、出生前診断について書きます。
妊娠されて産婦人科に通い始めた方だけでなく、これから妊娠を考えている方にもぜひ読んでいただき、検査について正しく理解してほしいと思います。
目次
生まれつきの病気と出生前診断の対象
まず、実際に生まれてくる赤ちゃんのうち、どれくらい生まれつきの病気(先天性疾患)を持っていると思いますか?
実は、全体の約4 %(25人に1人)の赤ちゃんが、先天性疾患をもって生まれてくるといわれています。
つまり、小学校低学年のクラスに1人くらいのイメージです。
これは、治療しなくてもよいような軽症のものから、治療の方法がないような重症のものまで含めての割合ですが、先天性疾患自体は決してまれなことではないのです。
先天性疾患の原因として、最も多く、約50%を占めるのが「多因子遺伝」です。
これは、遺伝的な要因と環境的な要因の両方が関係しており、なにがはっきり原因とは確定できないような病気です。
最も少ない(5%)のは「環境・催奇形因子」で、妊娠中の薬物投与や放射線の被曝などがあてはまります。
残りの45%がいわゆる“遺伝”に関連する疾患で、染色体の異常が25%、(単一)遺伝子の変異が20%です。
これらのうち、NIPTを含むほとんどの出生前診断が対象としているのは、「染色体の異常」によっておこる疾患だけです。
従って、単純計算すると、約4%の1/4(25%)ですので、生まれてくる赤ちゃん全体の約1%に起こるかもしれない疾患が対象ということになります。
「出生前診断」とはいっても、赤ちゃんの異常がなんでもわかってしまうわけではないのです。
DNA、遺伝子、染色体とは?
“遺伝”に関する話になると、DNA、遺伝子、染色体、といった専門的な用語が出てきて、多くの方にとってはイメージがわきにくい話題だと思います。
詳しく理解する必要はありませんが、疾患や検査について知るために、たとえ話で説明します。
まず、われわれの体の設計図である遺伝情報(たとえば、目の色は何色、身長はどれくらい、どんな病気にかかりやすいか、など)はすべて、われわれの細胞ひとつひとつにDNAという形で記録されています。
どの細胞をとってきても同じ遺伝情報が入っていて、皮膚の細胞でも、髪の毛でも同じです。
ですので、刑事ドラマでもあるように、髪の毛から個人の特定(いわゆるDNA鑑定)ができるのです。
ここで、細胞を、大切な遺伝情報が納められた「図書館」だと想像してください。
図書館には本棚があって、本棚には本が並んでいて、本にはページがあります。
このページに、目の色や髪の色、病気のかかりやすさなどの遺伝情報が書かれています。このたとえの場合、ページにあたるのがDNA、本が遺伝子、本棚が染色体になります。
つまり、遺伝子がたくさん収納されているのが染色体なのです。
人間には、同じ大きさの本棚(染色体)2つずつのペアが全部で22ペアあり、それらはそれぞれ自分の父親と母親から1つずつもらった(遺伝した)ものです(父親由来と、母親由来の同じ大きさの本棚2つで1ペア)。
本棚は大きい順に1番から番号がついています。
人間の場合、22×2本の染色体の他に、性別を決める染色体が2本(X染色体、Y染色体といいます)あり、合計46の本棚で1セットになります。
説明したように、染色体には多数の遺伝子がのっていますので、染色体の数が足りなかったり、多かったりすると、多数の遺伝子の働きに影響を及ぼして病気の原因になるのです。
染色体の病気
染色体の(数の)異常のうち、最も頻度が高い(53%)のは、21番染色体が3本ある(21番の本棚が3つある)病気です。
染色体が3本ある病気を(3=トリなので)トリソミーというため、これを21トリソミーと呼びます。21トリソミーの別名はダウン症です。
次に多いのが18トリソミー(13%)、そして13トリソミー(5%)と続きます。
なぜ、このような番号の染色体だけ病気の原因になるのかというと、大きい染色体は大切な遺伝子が多数乗っているため、異常があると多くの場合流産になってしまうからです。
21、18、13番染色体は、反対に、大事な遺伝子が比較的少ないため、3本あってもおなかの中で成長できるのです。
そして、NIPTが対象としているのも、この3つの染色体異常(21トリソミー、18トリソミー、13トリソミー)のみです。
21トリソミー(ダウン症)は、染色体の異常のうち最もよく知られている疾患でしょう。
最大の特徴は、成長発達がゆっくりであることです。
運動も知的にも、通常の1/2~1/3くらいのスピードで成長していきます。
最終的には小学校高学年程度のレベルになるといわれていますが、一人一人の個人差は大きいです。
約半分程度に心臓病が、10%程度に胃・十二指腸といった消化管の病気が生まれつきあります。
他にも、成長の過程で、眼科・耳鼻科など複数の科に関係する合併症が起こります。
現在は、21トリソミーに起こる疾患とその治療法がよくわかってきているため、21トリソミーの平均寿命は50-60歳といわれています。
一方、18トリソミーと13トリソミーは、21トリソミーと比べて予後が厳しい疾患です。
いずれの疾患も、90%程度が生まれて1年以内に亡くなってしまいます。
呼吸障害、栄養障害はほぼ必発で、酸素による呼吸のサポートや、経管(チューブ)による食事が必要になります。
コミュニケーションはとれることがありますが、言葉による会話は困難です。
約9割の子が重い心臓病を持って生まれてきます。
では、母体の年齢があがると、どのくらい染色体異常の子を妊娠する可能性があがるのでしょう?
たとえば、出産時に35歳になる女性が21トリソミーを妊娠する確率は1/338、40歳では1/84、42歳で1/52、45歳で1/30です。ですので、おおまかにいうと、40歳で1%程度ということになります。
一方、18トリソミーの場合、35歳で1/3600、40歳で1/740、42歳で1/400です。また、13トリソミーでは、35歳で1/5300、40歳で1/1400、42歳 で1/970となります。
つまり、いずれの疾患もたしかに母体年齢とともにリスクはあがりますが、頻度の絶対値としては、21トリソミーがその他2つの10倍程度起こりやすいことになります。
出生前診断というととかく21トリソミー(ダウン症)だけが注目されやすいのは、そのことが原因のひとつでもあります。
出生前に行う染色体疾患の検査方法
次に、赤ちゃんが生まれる前に、これまで説明したような染色体異常を診断する方法を説明します。
出生前に行う染色体疾患の検査はいくつかありますが、それらは大きく、確定的検査と非確定的検査に分かれます。
確定的検査には、絨毛検査と羊水検査があります。
これらは、胎児と同じ遺伝情報をもつ絨毛組織(胎盤)や羊水の細胞を採取して、その染色体を調べる検査です。
いずれの検査でも、1番から22番の染色体と性染色体のすべての染色体の結果がわかります。
直接細胞の染色体を調べるので、確定的検査と呼ばれます。
絨毛検査でも羊水検査でも、子宮に針を刺して組織を採取することになるため、わずかではありますが(1/300程度の確率)、検査をすることによって破水、出血、流産といった合併症がおこるリスクがあります。
非確定的検査とは、確定的な結果ではなく、あくまで染色体異常の確率を教えてくれる検査のことを言います。
非確定的検査には、胎児の超音波検査(NT計測など)や母体血清マーカー検査(クアトロ検査)が含まれます。
今回お話しするNIPTも、非確定的検査のひとつになります。
NIPT検査の原理
では、NIPTという検査は、いったいどういう検査なのでしょうか?
詳しい理解はいりませんが、検査の特徴を知ってもらうために、再びたとえ話を使って説明します。
まず、NIPTは、羊水や絨毛ではなくて、お母さんの血液を用いて検査をします。
健康診断の時のように血液を採るだけですので、おなかの中の赤ちゃんにはまったく影響はありません。
その点を、羊水検査などと比較して、Non-invasiveと言っているのです。
NIPTが診断に用いているのは、母体血中に浮いているDNAです。
先ほどの説明を思い出していただくと、「DNA」は遺伝情報の図書館にある本の「ページ」でした。
ページは本来、遺伝子という本の中に納まっています。
しかし、中には落丁があって外れてしまい、図書館の外にゴミとして漏れ出てくるページがあります。
つまり、母体血中には、からだ中の細胞から漏れ出たゴミページ(DNA)がたくさん浮いていると考えてください。
その中には、妊婦さんのからだの中にある胎盤から漏れ出たDNAも含まれます。
胎盤は赤ちゃんの分身ですので、胎盤のDNA=赤ちゃんのDNAと考えてOKです。
もちろん、お母さんの血液中なので、大部分(~90%)はお母さん由来のDNAが占めています。
NIPTでは、まず採血したお母さんの血液中に浮いているDNA(ページ)を回収します。
このページ1枚1枚は、厳密には、母親由来のページなのか、赤ちゃん由来のページなのか区別がつきません。
どちら由来のページかはわからないのですが、そのページがどの番号の本棚(染色体)にあったはずかを判定することはできます。
そこで、集めたゴミページを、本棚ごとにふり分けるという作業をします。
すると、大きな本棚から出たゴミ(大きな染色体由来のDNA)の方が当然量は多くなり、本棚の大きさとゴミの量は比例します。
本棚の大きさとゴミの量の関係がわかると、例えば、21番の本棚由来のゴミはこれくらいだろうという理論値が計算できます(例えば、21番本棚は〇番本棚の半分の大きさだから、ゴミも半分だろう、など)。
そして、最後に、実際に集まったゴミの量(測定値)と理論値を比較するのです。
もし、本棚の数、つまり染色体数がきちんと2本であれば、測定値と理論値は一致するはずです。
しかし、本棚の数が多い場合には、その分だけゴミの量が増えてしまうため、測定値が理論値より多くなります。
何度数えても、21番染色体由来のDNA量が理論値よりも多い場合には、本棚の数が多いことが疑われ、(母親は正常なので)胎児の本棚が多い(=21トリソミー)のだろうと予測がつきます。
つまり、NIPTという検査は、本棚=染色体の数を直接数えて診断しているのではなく、そこから出るごみ=(母体血中の)DNA量から染色体の数の異常があるかどうかを判定しているのです。
NIPT検査の特徴
たとえ話がわかりにくかったという方は、そこは飛ばして、これからの話をよく理解していただければOKです。
NIPT検査の良い点は、もしNIPTを受けて「陰性」という結果が出た場合、その「陰性」という答えが実際にあたっている確率(陰性的中率)がきわめて高い(99.9%~)ことです。
たとえ話でいうと、ゴミ=DNAの量と理論値がきちんと一致している場合、本棚=染色体の数が正常(2つ)であるとかなり高い確率で言える、ということです。
次世代シークエンサーという機械によって大量のDNAを短時間で解析することができるようになり、とても精度の高い測定ができるようになったからです。
ですので、NIPTで21トリソミー陰性という結果が出た場合、おなかの赤ちゃんが21トリソミーである確率は1/1000以下であり、現実的には心配しないでよいくらい低いことになります。
一方、もしNIPT検査で「陽性」という結果が出てしまったらどうでしょうか?
この場合には注意が必要です。
「陽性」という結果が本当にあたっているか(陽性的中率)は、お母さんの年齢によって変わってくるからです。
21トリソミーの判定について、具体的にみてみましょう。
もしお母さんが42歳の場合(21トリソミーの確率=1/50)、陽性的中率は95.3%になりますが、お母さんが36歳(21トリソミーの確率=1/250)の場合には陽性的中率は79.9%に下がってしまいます。
これは、NIPTがあくまでDNA(ゴミ)量から染色体(本棚)の異常の可能性を推定しているからです。
陽性的中率が95%以上になるのは、母体年齢が45歳を越えてからになります。
これは、18トリソミーでも、13トリソミーでも同様です。
従って、大切なことは、NIPT検査で「陽性」という結果が出た場合に、染色体異常があることが確定したわけではないこと、おおまかに10-20%程度でNIPT検査の推測がはずれる可能性があることです。
よって、NIPT検査で「陽性」がでた場合には、羊水検査を受けて診断を確定することが必要になります。
NIPT検査の対象
NIPT検査は、母体の年齢によってリスクのあがる染色体異常(21、18、13トリソミー)をターゲットとしているため、検査の対象となる方は、原則以下の通りです。
- 出産時年齢が35歳以上
- 21、18、13トリソミー児の妊娠・出産経験あり
- 他検査で21、18、13トリソミーの可能性を指摘された
※その他については、各施設にお問い合わせください
NIPT検査を受けるにあたっての注意点
では、NIPT検査を受けるにあたって、どのような施設を選択したらよいのでしょうか?
一番大切なことは、検査の前後で「遺伝カウンセリング」が受けられる施設を選んでいただくことです。
遺伝カウンセリングとは、遺伝に関連する検査や疾患について、専門的な資格(臨床遺伝専門医、認定遺伝カウンセラー)をもった者が正確な情報提供を行い、患者・クライアントの相談に乗りながら、自律的な決定・選択を支援するカウンセリングのことです。
出生前検査の場合、妊婦さんやご家族の心配・不安をお聞きし、(本日書いたような内容を含む)先天性疾患や出生前検査に関して詳しく説明し、十分に理解してもらった上で、ご本人たちが出生前検査を受けるかどうか決められるようにサポートすること、になります。
また、検査結果が出た後も、その後の検査(羊水検査)や妊娠管理、出産後のことまで相談に乗り、適切な情報提供と専門家への連携・紹介を行っていきます。
このようなカウンセリング体制が整っていることがNIPT実施施設(日本医学会認定)の要件であり、実施可能施設はNIPTコンソーシアムのHP(http://www.nipt.jp/index.html)で探すことができます。
しかし、最近問題となっているのは、認定を受けずにNIPT検査を行っている病院やクリニックが増えていることです。
そのような施設は、検査前後の遺伝カウンセリングをきちんと行っていないところがほとんどです。
検査の詳しい説明は行わず、検査(血液採取)だけ行い、結果は郵送といったところもあり、産婦人科とは関係のない科のクリニックさえあるといいます。
もし、十分な説明もないまま検査を受けて結果が陽性であった場合、その後の説明やフォローアップもないような施設であれば、妊婦さん・ご家族はとても不安に思うでしょう。
産科診療を扱っている「コウノドリ」という漫画・ドラマでも、そのようなエピソードが描かれていましたが、実際の患者さんで起こっていることなのです。
NIPTの実施可能施設について、どのようなルールがよいのかは現在議論されていますが、患者さんにとっては、少なくとも、きちんとした検査説明と結果のフォローアップができる施設である必要があります。
ここまで読んでいただいた方は、遺伝カウンセリングをきちんと受けられる施設での検査をお願いします。
※こちらです → http://www.nipt.jp/index.html
NIPT検査の今後
このような未認可のNIPT実施施設が増加した背景には、認定を受けるための要件が厳しいために認定施設が不足しているためだという声がありました。
現指針では、検査対象の染色体異常についてきちんと説明できる小児科医と産婦人科医(いずれかが臨床遺伝専門医)が常勤し、遺伝専門外来を開設していることなどが条件となっています。
そのため、日本産科婦人科学会では、一部の認定要件を緩和し、より多くの施設でNIPTが受けられるようにするための新指針を作成しました。
具体的に新指針では、小児科医の常勤は必須でなくなり、産婦人科医も臨床遺伝専門医資格は不要となります。
遺伝専門外来も必須ではなく、必要時に、(遺伝専門外来のある)連携施設に紹介できればよい、というものでした。
しかし、これに対して小児科学会などから反発があり、厚生労働省からも運用に待ったがかかりました。
今後、NIPT検査の実施状況を国レベルで調査し、どのような施設認定が適切なのかが検討されることになっています。
また、検査の対象年齢についても議論があります。
現在は、出産年齢が35歳以上の方を“高年妊娠”として対象としていますが、35歳という数字に合理的な根拠はありません。
たしかに、羊水検査しかない時代には、(最も頻度が高い)21トリソミーをもつ確率が、羊水検査による合併症のリスク(1/300)と同じくらいになるのが35歳であったため、原則35歳以上の方が検査の対象となっていました(つまり、35歳未満の人は、検査を受けると合併症のリスクの方が高くなるから)。
しかし、検査による合併症の心配がないNIPTでは、対象を35歳で区切る理由はありません。
もちろん、35歳以下の場合、染色体異常のお子さんを妊娠するリスクは低いのですが、自分のお子さんについて知りたいという思いは変わらないはずです。
従って、NIPTの対象年齢については拡大を希望する声もあり、今後変わっていく可能性があります。